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ドングリたどりになぜここまで反応してしまったかを正直な気持ちを交えて自答する(謝罪)

 

最初に:過去の投稿(特に4月ごろ)を見るとわかるかもしれませんが、最近私はドングリをたどりすぎていました。

すべて自分が不出来であることから始まったに違いなく、心の狭さから招いたことですが、なぜこのようなことが起きたのでしょうか?

この曲を好きな人はもちろんですが、嫌いな方にも、求めているような答えではなく、あまり納得、理解できる文章ではないと思われますので、予めご了承ください。こちらも前もって、大変申し訳ありませんでした。

 

 

・本当に正直に言う

なぜここまで反応したのかというとこれも本当に申し訳ないのですが、私には発されるピアノや詞のすべてが、最上級の知的ナルシズム(否定的な意味の少な目な)のように感じたからです。

 

・インターネットで過剰に供給される極度のナルシズムを見すぎて頭がおかしくなった。※

 例:物や製品を見せたり紹介したりしているはずなのに、なぜか最終的に自分を讃えてるかのような状態に持っていく、そして褒めそやされている「選ばれし人間」に疲れを感じてきてしまいました。 

見なければいいわけで、これ自体も私の欠陥によるもので、それに対するデトックスのような八つ当たりのようなやり方かもしれません。身勝手であり申し訳ありませんでした。  

 

・なにがいいたいんじゃ!紙面飾って! 

「空っぽのポケットをまさぐって忘れた人からたどり着く」

入れる条件がシンプルに腹立つ 

 

・歌詞のだいたいの行で「すかされている」 「否定だらけ」「裏切りの連続」

「ドングリをたどっても着きません」 

メルヘンであり皮肉的であり、否定から入っています。

そのうえでメルヘンでファンタジーです。

いかれ始めている私は心のドングリを引きちぎってしまいました。 

聞いてない質問に答えられたような気持ちになってきます。

 

「ジブリかとおもった? そうじゃないんだよね」

 

・多すぎず少なすぎず、忘れたころにやってくる「ドングリたどり」  

そしてあなたが実際に行くのはスタバ

 

・「ツルチュンチュンツルチュン」  

ガーゴイルやコカトリスの鳴き声だったら我慢できる


※それを他人に見せるかはその人次第ですが、自分を好きなことは大変いいことであり、そうあるべきで、反対に自分を嫌いなのもすべて悪ではないと思います。